『雨の掟』を読む

 バリー・アイスラーの新作『雨の掟』を読む。
 著者のバリー・アイスラーは数年前、自身が元CIAであることを告白し、彼の作品で描かれるスパイ行動や、ターゲットを暗殺するまでの周到な準備などが、リアリティに富むものであることを改めて認識させられた。

 作品の中で、これらの描写が時にはくどいと思われるほど詳細に書かれていた理由は、おそらく彼が元CIA員であることを訴える(当初は秘密であった)手段だったのだと思う。

 さて、今回の作品。以前とは異なり、主人公ジョン・レインがターゲットを仕留める寸前で、ためらいが生じ、そこから物語が進んでいくことになる。
 相変わらず、スパイ技術に対する用意周到さには驚かされる。

 待ち合わせに至る場所までの経路、待ち合わせの場所での確認事項、何か違うと感じる洞察観の鋭さ…などは、リアリティに溢れているのではないか。

 このようにスパイ活動をみてみると、『プライバシー権』などを主張する人たちには失笑せざるえなくなる。
 ”あし”のつかない連絡手段方法というのは限りなく0に等しいし、調べようと思えば『プライバシー』など感じられなくなるくらいの個人情報が簡単に手に入る。
 今はそんな世の中だ。

 無論、中には医学的な人間の身体の特徴なんてのも随所に記述されている。
 たとえば、人が恐怖に慄くと声が出ないのは生理現象だということだ。
 恐怖でアドレナリンが過度に分泌されると、喉が締め付けられ声がでないのだそうだ。

 痴漢にあって、怖くて声が出なかったという女性の証言には、信憑性があるということのようだ。

 スパイものに興味のある人は『雨』シリーズは4冊出ているので、『雨の牙』から読んでみたらどうだろうか。
 もっとリアリティの欲しい人には、『スパイキャッチャー』なんて発禁本もありますが…(笑)
 
スパイキャッチャー
 

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匿名口座

 久しぶりに小説を読んだ。クリストファー・ライク/著匿名口座
題名にそそられました。

 元米海兵隊出身の主人公が、モルガンスタンレー幹部候補生という地位と美しいフィアンセを本国に残し、スイスのプライベートバンクに転職する。不可解な死をととげた父がかつて働いたUSB。プライベートバンク、マネーロンダリング、麻薬、武器商と巨額のアングラマネーが動く様子がうまく描かれている。
 最初はサスペンス風に展開するが徐々にハードボイルドな展開に…。

 内容が自分の嗜好にフィットしていたので、700ページ以上の大作ですが、あっという間に読んでしまいました。
著者クリストファー・ライクは、かつて実際にスイスユニオン銀行でプライベートバンキング部門に勤務していただけあって銀行内部の描写や業務の執行手続きにはリアリティがありました。

 アングラマネーと匿名口座、スイスの銀行その絡みは予想しやすいありきたりのものといわれてみれば、それまでですが、それでも妙に自分では説得力があるなと思うのは私だけでしょうか(そういうことばっかり調べてるかじゃんといわないように…w)

 宗教の対立がこの世界を混沌としたものにさせていると指摘する声がありますが、私はそうは思いません。敢えて言うなら、”お金”こそが世界共通の宗教だと思います。お金があれば不幸は避けられますから…。
 そして、他の宗教と同様、お金は人を変えてしまいます。お金が宗教の要素を持っていると誰もが認識していないからこそ、厄介なのです。早くお金から自由になりたいなぁ。

 この小説はスイスを舞台にしたものでしたが、銀行の事なかれ主義体質や、時間を厳守する様などはどこか日本と似ているなと感じました。
 高価なブランドショップばかりが並ぶチューリッヒ。ブランド物には興味のない私ですが、その目を見張るばかりの品物の数々を目にしてみたいという願望も心のどこかにあることは確かです。
 いつか訪れてみたい都市のひとつ。
 

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太宰とシカオ~退廃から見えるもの

ここ数日、久しぶりに太宰の作品をいくつか読んだ。うーん、やっぱりいいねぇ。太宰。

 ”退廃”的なイメージが先行している太宰だけど、全然そんなことない。仮に、退廃していたとしても”退廃”から見えるものを隠さずきちんと表現している。

 だから、何度も反芻したくなる言葉でいっぱいになる。彼は一流の作家だなぁって感じさせてくれる瞬間。ありふれた言葉で読者の想像を膨らませ、自分の過去の経験が思い巡る…。

 私は”人間失格”を何十回も読んだけど、内容はもちろんのこと、そこに綴られる言葉はいくつも私の心に刻まれている。

  「信頼とは罪なりや」
 「世間がそれを許さない」「世間じゃない、あなたが許さないのでしょう」
 「自分には幸も不幸もありません。ただ一切は過ぎていきます。」
 ちょっと思い出しただけでいくつもでてくる。どれもありふれた言葉の羅列に過ぎないのに、どうしてこんなに印象に残るのでしょう。

 先日読んだ中では”如是我聞”(短編ですぐ読めてお勧め)。

 奇麗事大好きでナルシスト集団の白樺派隊長の志賀直哉に悪口を言われて、珍しく斬れてる太宰に、おおって感じ。
 料理は”心つくし”だといってみたり、大学教授だからなんなんだ?といってみたり、私と妙に話がマッチする(笑)ホントその通り。

 テレ朝の”朝生”みれば如何に彼らが妄想の上に妄想を重ねて話をしているかよくわかる(爆)

 退廃から見えるもの、それは人の心意気であり、嘘や欺瞞を生き馬の目を抜くように鋭い洞察力で見抜く。

 この如是我聞で最後に強烈に印象に残った言葉を一つ。
『苦悩の能力が無いのと同じ程度に、愛する能力に於ても、 全く欠如している。おまえたちは、愛撫(あいぶ)するかも知れぬが、愛さない。』
 『愛撫するかも知れぬが、愛さない…』衝撃です。
 

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届きました

1883272335.01.LZZZZZZZ 最近、アマゾンをよく利用をしている。読んだ本の中から、何度も読むべき、読みたい本、手に入りにくい本は買うようにしている。何気にここ1ヶ月で10冊ほど買ってしまった。

 試しに買ってみたところ、ブッ○○フより安いものが多いし、欲しいものが決まっている場合探す手間が省ける。かつ、家まで届けてもらえるので、かなり重宝している。

 既にいくつか別のところから注文してみたが、これといったトラブルはない。まぁ、一番納得できないのは、アマゾン本社だけどね(爆)。注文した本はなかなか届かないし、どうなったかというメールを送っても返事はこないし。中古を扱っている本屋さんの方がきちんとしているわ。

 写真の本ははじめて、米国から直輸入(笑)した本。最近つくづく思うのだが、本当に読みたい、必要な知識を得るために英語は必死ですね。話せる必要はないとは思うけど、読めないと話しにならん。この本も当然翻訳されていません。

 特に、金融や政治といった日本が未だ”部族”レベルにある分野ではその傾向は顕著かと思われます。この本の著者David L.Caplanはオプションの第一人者。理論ではなく、実践者なので説得力があります。なぜ、この人の本はどれもサイズが大きく、かつ高いのかは謎です。

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一本の鎖

 広瀬隆著、一本の鎖を読んだ。

 相変わらずの見事な知識量とリサーチ能力には敬服させられる。彼の主張を全面的に受け入れることはできないが、彼の持つ洞察力や視点、歴史の背景にいたる考察やアナロジーにはなるほどこういう視点もあるんだなと感じることが多い。

 この本の中でも、自分がまったく見落としていた、あるいはマスコミの情報を鵜呑みにしていた点がいくつもあったことを気づかされた。(ロシアのホドルコフスキーの逮捕や独裁者フセインが生きて捕まったことに対する疑念等々)

 そして、一番最後に自分の思いを明瞭な言葉でまとめていたのが印象に残った。

 戦争反対を訴えるいわゆる良識派がいくら反戦でもを繰り返しても戦争は一向になくなる気配はない。それは、彼ら”良識派”という集団に人間として致命的な、重大な欠陥があるからだ。

 それはなにか。彼らは人生において大きな金銭欲を否定するため、自身には大抵大金がなく、始末の悪いことにそれを誇りにさえ思っている。

 現在の世界の民主主義という制度の状況を見れば、選挙制度は大きな資金に縛られた悪質な組織的活動と利権と無知によって支配される仕組みができあがっている。

 本当にそのとおりだ。私は以前金権政治を復活せよと一言このブログに書いたが、どんなに奇麗事をいっても金がなくては始まらない。そして、他人から金を無心すれば、彼らの意向を汲まざるえないのだ。

 「良識+大金」というメカニズムがなければ、良識派の目的は永遠に達成されない。この事実をいったいどれだけの人が理解しているのだろうか。

 では、この大金を持っているのは一体誰か?

 19世紀の人は「ロスチャイルド家は戦争を起すこともできるし、戦争をやめさせることもできる。」よくそういったそうだ。表向きの世界の歴史しかしらない人は、なにをいっているんだと思われることだろう。
 しかし、民主主義という制度、いや資本主義社会では、人のほとんどが(自分の気づかぬ間に)金に動かされるのだ。私はその事実を否定はしない。

 金だけでは幸せには慣れないが、不幸を避けることができる。この不幸を避けられないから、永遠に企業情報を盗み出す社員は減らないし、時には祖国さえ裏切るものもいる。金に困ると人間なんでもやりかねない。いわんや選挙においてもしかりである。

 おそらく、21世紀になった現在でも、戦争を起すことのできる人がいることだろう。それはロスチャイルド家かもしれないし、そうでないかもしれない。ただ、戦争が民族間の対立だけで起こるというのは、甚だしい空想だといわざるえない。戦争を起すためには、大金と武器が必要なのだ。

 私が金権政治を復活せよという理由はここにある。
 

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読書

 最近は時間があるときはできるだけ本を読むように心がけています。今年から、住んでいる市でネットでの扱いが以前より格段便利になったのでうれしく感じます。

 以前より特に便利になった点は、予約した本を近くの分署(?)に配送してくれることです。おかげでわざわざ本店(?)まで取りに行かなくてよくなりました。これは非常に助かります。

 小説は娯楽だと思うので、できるだけ読まないようにしています(笑)。小説を読んでしまうと評論やらノンフィクションといったちょっと堅めの文章読むのが辛くなるので…(笑)
 
 最近、読んだ小説で面白かったのは、邂逅の森という作品。
 秋田近辺の東北を舞台に、マタギの世界と、世界の歴史の中で2番目に経済成長したといわれる大正という時代の変化の波にもまれる一人のマタギの人生を描いたものです。

 意外にエロい(笑)。あまり感想を書いてしまうと面白くないので書きませんが、人生の機微を見事に描いた直木賞受賞作だと思います。

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ベンジャミンのススメ

 今、特ダネをみていたら室井さんと今年読んで印象に残っているジャーナリスト、ベンジャミン・フルフォードがツーショットでているではないですか。著書ヤクザ・リセッションは日本人では書けないようなことを書いていて非常に興味深く読んだ。そして、いくつかの疑問も解決した。新作もでたようなので、読んでみようかな。それにしても羨ましいぜ、室井さん。彼は相当いろんなことを知っていると思うので、いろいろ質問してみてくだされ(笑)

 自分の経験では、こういった偶然というのが実はよくある。まぁ、これはコジつけなのかもしれないけど、大きな出来事の前にその出来事と関連することを話したりする。

 日曜日に起こったスリランカ沖の大地震。実は、前の日に友人宅で散々モルディブへ行った新婚旅行のビデオを観てきたばかりだった。モルディブのホテルは海からそれこそ10m、20mくらいしか離れていない。島ごとがひとつのリゾートになっていて、津波が襲ってきたらそれこそひとたまりもない。

 南国の国々の海岸線で暮らす人たちは、みんなあのように暮らしているのだろう。だから、被害が時間の経過とともに拡大していくことは致し方ないような気がする。

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方向性のススメ

 私が物事を考えるとき、予測するとき、現状を分析するとき一番大切にするのは、”方向性”です。ベクトルが正しい方向に向かっていればいずれ、目的に合致するような結論が得られるでしょうが、その方向性が逆だったとしたら、違う意見が形成されてしまい、時間と労力の無駄、百害あって一利なしとなってしまうからです。

 例えば、友人のR’s Barさんが、先日行なわれたドイツvs日本の結果から、日本といわゆる強豪国との差を感想して述べています。
 私は今のドイツのチームが強いとは思っていません。確かに、一発勝負の2002年のW杯では準優勝しましたが、今年行なわれたEuro2004では決勝Tにすら進出していないし、FIFAランクでは日本と変わりがありません(ちなみにFIFAランクが国際Aマッチの試合等々に左右されることは知っています)。

 今回の試合で明らかになったのは、サッカーの日本代表が弱いということではなく、レギュラー組みと控え組みの差が著しいということくらいでしょう。それでも点数こそ、3点取られましたが、その内容は崩されて失点したものではなく、ミスからの失点ばかりでした。私がドイツサポーターだったら不満極まりない試合と思ったことでしょう。
 
 ちなみに、今のZicoJAPANがトルシエ時代よりも弱いとも思いません。それはデータが示すように守備力と攻撃力が02年の時点よりも増していると思うからです。
 このデータが示すように、司令塔は中村俊輔の方が優れており、中田ヒデでは戦えないということは明らかでしょう。ヒデを代表に呼ぶなら司令塔としてチームに貢献することではなく、ボランチや右サイドとしてだと私は思います。
  
 さらに、一言付け加えるなら、ドイツがW杯で優勝することはもうないと思います。これは必然です。欧州はあらゆる意味で没落していく。その一番手が何を隠そうドイツです。そして、中東の国々のサッカーが脅威になることも必然です。ドイツは欧州で一足早く人口が減少し、高齢化社会が到来します。今、ドイツで行なわれている教育も、どうやら日本の”ゆとり教育”よりひどいもののようです。

 教育といえば、昨日あるテレビ番組で、今話題の一マス計算を考え出した、校長先生がでていました。そこで、校長先生は次のようなデータを指摘していました。
 子供たちの睡眠時間と学力には明白な因果関係があり、朝食をきちんと作る家庭と、そうでない家庭では学力の差がみられると。

 一マス計算ばかりがマスコミの話題をさらいますが、この校長先生の特筆すべき点はこのような分析を怠らず行なっているということでしょう。子供の学力を効果的に上げるためにはどうすればいいのかという現状認識をきちんと行なっているからこそ、一マス計算のような教育方針が生まれたのでしょう。

 なんだか言いたいことがわからなくなってしまいましたが、現状を分析し、改善を促すためには当然ですが”方向性”が大切だといいたかったのです。

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陰謀論のススメ

 最近、私のバーチャル本棚を見てもらえばわかると思うが、歴史や政治モノが多い。勿論、ある目的と意図があって読んでいる。それは、世に蔓延るいわゆる”陰謀論”のどこまでが本当でどこまでが疑わしいのかということを探っているからだ。
 
 特に学歴や知的レベルが比較的高い人は陰謀論に訝しげな表情をする。それはそうだろう。真っ当な学問をしてきた人からみたら、そんなのナンセンスだと思いたいのは十分理解できる。そして、陰謀論はある程度までは真実なことが含まれているが、それ以降??という結論にもっていく。だから、みな信用しない。

 実は私もつい最近まで、そう思っていた。それはどこに誰が書いてあるんだ?誰がいったの?という科学者調のよくありがちな疑問。
サイエンスならそれで通用するが、現実の問題をそれで片付けてしまうことは危険なことに気付いた。
 現実社会の問題が複雑で理屈でまかり通らないことは誰もが気付いているはずだ。この前も書いたが、ヘンリーフォードの「歴史はでたらめだ」という言葉がいつも心に引っかかる。我々が知っていることのどれだけが事実なのだろうか。

 日本人はこういった”陰謀論”を忌避しがちである。今、私がここまで述べても疑問に感じている人はきっと多いだろう。それはなんとなく理解できる。単一民族であまり差別意識をもってきた国民ではないし、実質的に他の国に支配されたこともない。だから、日本人は人を疑うということを嫌う傾向がある。

 陰謀論を疑う人にきいてみたい。東京裁判は正当な裁判が行なわれたと本当に思うのか?東京裁判こそ、陰謀そのものではないのか。史料や資料を至極大事にする人たちでさえ、正当な裁判が行なわれたと思う人はあまりいないはずだ。しかし、資料だけをみていたら、あの裁判は至極公平な裁判ということになりかねない。
 そこが落とし穴である。大事なことは記録に残さない。この重大な真実を私たちはないがしろにしている。

 勿論、無意味に陰謀論を唱えるつもりもない。私が重視するのは、権力と金である。金のないところに権力は集まらないし、権力のあるところには金が集まる。これは必然であり事実だ。
 こういった視点で物事を捉え議論する人は一体どれだけいるのか。私たちは金持ちではないから、権力にも無関係だ。そして、そんな私たちは権力や金とは無関係に正義や平和という視点で物事を考えるから、問題の本質が見えてこないといえないか。
 このような視点から得られるのは、当然、それらしき推論に過ぎない。しかし、私たちが実際に目にし、耳にする情報も大して差がないのといえないか。また私は、フォードの言葉を思い出す。「歴史はでたらめだ」
 

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理系のススメ

 これは自戒の念が強いのですが、文系なんて全然駄目、話にならんと最近強く思うようになりました。
 ヘンリーフォードの「歴史はでたらめだ」という言葉を借りるまでもなく、一体自分は何を学んできたんだろうと感じざるえません。
 要は文系には答えがなく、自分の持つ考えを主張するに過ぎません。しかも、日本にこれといった宗教がない。だから、自分も含めて主義主張がない人が多い。

 それに比べて理系はうらやましい。なにしろ世界と対等に語り合えるから。そこが決定的な文系と理系の差です。日本の政治家が外交が下手なのも、日本人が平和ボケといわれるのも、思考回路が日本の中で通用するレベルで止まっているからでしょう。 

 別に、自分の主義主張に白黒をつけなければいけないといっているわけではありません。自分の意見を持ちつつも現実と物事をすり合わせるという概念そのものが日本にはない。だから、いろんなことがどっちでもいいんじゃない?という話になってしまう。

 先日も日米の流行語大賞の差に少し文化的レベルの差を感じましたが、それは映画にも感じる。日本の映画自体悪いとは思いませんが、入念に練り込まれたメッセージ性を感じたことはない。
 ハリウッドの作品には、このような手法が綿密に組み入れられているが、それを私たちは教養がないので理解できない。

 あー悲しきかな日本人。表面上のコミュニケーションはできても、その意味は理解できない。私は外国語なんぞ、とうに諦めましたが、そんな私と外国語が話せないことを慰めあいましょう(笑)
 ”好奇心は止まらない”Article18.英語なんて話せなくてよいに、先日2ちゃんねるに書き込みをして逮捕された学生の一文から考えてみました。
 なぜ、I wanna have a beef.とはいってもI wanna have an ox(or a cow).といわないのか。英語に自信のある人答えてください。
 

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多忙のススメ

 非常に自分勝手な都合なのですが、多忙です(笑)。引き続き銘柄分析と図書館から借りてきた本が10冊以上溜まっています。貸し出し期限がとうに過ぎた本も何冊かあるので、こちらを優先的に片付けたいと思います。

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右か左か

 最近、乱読気味の私でありますが、なんだか頭の中がよくわからなくなって参りました(笑)まぁ、このブログを書くようになってそれなりに自分の主張をするわけですが、その根幹となる考えが右を向いているのか、それとも左を向いているのかと正直わからなくなってきました。
 厳密に言えば、こだわる必要なんて全くないのですが、どっちつかずのような気もするんですよね。

 ナショナリズムが高揚しすぎると人の意見を聞く寛容さがなくなり、挙句の果てには自国批判する人は売国奴扱いされるしなぁ(例、今のアメリカや韓国etc)。いろいろと制限が厳しそうで変態な私には暮らしにくそうだし(笑)。

 リベラルな思想は一見聞こえはいいけど、個性を奪い、曖昧な言葉を盾に奔放さを身にまとっているだけの無責任さが売りだしね。それはそれでいらんはという感じだ(笑)

 まぁ、斜め右45度くらいを向いているのが一番バランスいいんだろうけど。ちょっとよくわからんわ。

 

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電車男をよむ

 ネットでですが、電車男読みました(正確には出版されているものと違うようですが…)。面白かったです。そして、最後の方は結構ウルルンしました(笑)

 たった二ヶ月で人はこんなに変われるんだという驚きと、2ちゃん特有のAAやら、よりリアリティのある情報の共有、うまい合いの手と、言葉遊び、そして二人の行方を見守る心優しい住人たちetc…。

 2ちゃんが持つ良さを十分引き出していると思いますね。事実は小説より奇なりという言いますが、これは、いいんじゃない?(ギター侍風)
 電車男とエルメスちゃんはその後どうなったんだろう。。。ちょっと気になる(笑)

 映画化なんて話もちらほらでているようですが、如何にスレ住人を面白おかしく描くかがポイントじゃないかなぁ。あと、電車男君の成長振りね(笑)

 真摯な想いは、愛のないSEXより1000倍マシだということだろうね。まぁ、あんな恋愛誰もができるわけではないから、俗物的な愛欲に浸ってしまうんだろうけど。まぁ、そういう気持ちもわからんではないけどね。
 
 ゆとり教育で、訳のわからん「性の自己決定権」なんて小中学生に教える前に、電車男を教材にしとけ!と叫びたい気分ですな(爆)
 

 

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電車男

 売れてるらしいですなぁ。電車男。久しぶりに本屋に行き、手にとってパラパラめくってみました。ちゃねらーにとっては、見慣れたあの書式スタイルも市民権を得そうですね(笑)
 
 さて、一昔前までは2ちゃんねるといえば、アングラ、タブーといった見方が多かったと思いますが、私はアングラ、タブーは避けるものではなく、大いに学ぶべしと思うのです(以下、三島由紀夫の不道徳教育講座風に…笑)
 
 なぜ、官僚や政治家、法律家が我が物顔で悪事を働くのか。それは、彼らが法治国家の屋台骨である法律を熟知しているに他なりません。無闇に自由を叫ぶのではなく、してはいけないことを、つまり、これを規則といいますが、それを知るメリットの方が大きいからです。

 だから、我々も一定の年齢を過ぎたらタブーについて大いに勉強しなければなりません。何をしてはいけないのか、何をいってはいけないのか、それをわきまえることが紳士淑女の必出条件だからであります。。。。
 なんて続くのかなぁ(笑)

 話はそれますが、ただ今世界史を勉強中です。学生時代の不勉強がたたり、まったくわかりません。誰か、枕元で語ってください。そして、疑問に答えてください。

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ブクログはじめました。

 個別に読書コーナーを作っていたのですが、ブクログという本やCD、DVD専用のブログあるじゃないですか!こっちの方が表紙もあるしわかりやすいので、利用しない手はないでしょう。早速作ってみました。
 その名はほたるの泉ベタですなぁ。ってか全く思いつかなかったので、適当につけました。

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期間限定韓流ブーム終了!

 ここ数日のマイブームは最近の読書コーナーのとおり、韓国でした。金文学、明学兄弟著の”韓国民に告ぐ”という本が思った以上に面白かったので、そこで紹介されていた呉善花著”スカートの風”と李御寧著”「縮み」志向の日本人”を読みました。
 スカートの風は、当時韓国人女性による韓国批判で話題となり、「縮み」志向の日本人は韓国における日本文化を批判したもので発売当時韓国で一世を風靡した作品だそうです。

 これらを読んだ感想は、韓国という身近な国を僕はなにも知らなかったんだなという印象です。縮み志向の日本人は80年代前半、スカートの風は90年代前半に書かれたものですが、2000年前後に書かれた”韓国民に告ぐ”で書かれていたこととあまり違和感がないような気がした。
 
 たった三冊の本を読んだだけで韓国のことがわかったとは思いませんが、読んでよかったなぁと思います。敢えて感想を書くのは控えますが、なぜ韓国人がノーベル賞を取っていないのか?、なぜ、世界で活躍する華僑が唯一韓国では成功しなかったのかという視点は非常に面白いなと感じましたね。

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自転車マナーと図書館のススメ

 最近、運転する度にイライラさせられるのが、チャリンコのマナーの悪さ。なぜにあんなに堂々と道の真ん中を走っているのかまったくわからん。特に、じいさんばあさんとチャリ通の学生。

 ただでさえ鈍っているのに、道の真ん中を堂々とふらつきながら走るお年寄りと、音楽を聴きながらチャリ通する学生には容赦なくクラクションを鳴らす俺(笑)。ほんとどうにかならんかねぇー。危なかっしくてしょうがないです。

 さて、図書館の方はというとこれはお勧めです。それはなぜかというと、普段読まない本が読めるからです。自分も通うようになって飛躍的に読書量が増えました。
 よく考えてみると、ちょっと興味あるくらいの本は買わない。まぁ、自分はよほどの良書だなと思わない限り買わない。理由は、本は溜まるとかさばるし、ある程度の読書をするとなるとかなり金額もかかるから。
 結局、買うような本は自分にとって興味の比重が高いものになりがちで、知識や見識の深さは高められるものの、物事を色んな側面から考えるという作業をしなくなってしまう。これは大なり小なりみな同じだと思う。

 図書館で本を借りるようになって、ちょっとした好奇心からでも手に取り読むことができるし、少なくとも自分が普段決して買うことのない本も読むことができる。これは非常に大きいと思う。
 そもそも自分に興味があって、お金を払って買うまでの本は、読むことでの安らぎという側面が強調されるだけで新たな発見というのが少ない。
 そして、本を買うという行為で満足してしまうことも多々ある(笑)図書館の本は返さざる得ないので、興味があるうちに読むことになるし、返すという行為が伴うため記録や記憶にきちんと残るような読み方をする。

 自分と意見の異なる人の本を読む、最近起こった出来事に関する本を読む、よりマニアックな世界を探求するために本を読む、そんな読み方ができるのが図書館である。
 
 

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読書三昧

 立て続けに本を読んだ。村上ドラゴンと中田英寿の対談を書籍化した「文体とパスの精度」、オウム事件が内包する表にはでにくい部分を洞察した「オウム帝国の正体」、道路公団民営化推進委員会での猪瀬氏の詭弁を暴いた、櫻井よしこ氏の「権力の道化」だ。どれも、文体の差こそあれ、非常に内容的には面白いものだった。

 まずは、「文体とパスの精度」。いつもながら関心するのが、ドラゴンの題名のつけ方である。題名は確かに興味をそそられる(笑)。勿論サッカーのことが多いのだが、題名ほど精度のある話は皆無だった。
 特に、両者の西欧でやることなら許せても、日本で同じようなことをされては許せないという風にとれなくもない発言には、ふーんといった印象をもった。
 俺からすれば、欧米の人の行動の方がよほど子供じみていて見ていられないのだが、彼らにはどうもそうは写らないようだ。まぁ、それは個人の価値観の差だから仕方ない。

 おそらくそれは、二人とも自分で目標を設定し、そのために何をすればいいのかということを明確に実行できるからだとは思う。そして、それを実行に移すには欧米の方が(みんなわがままだから)目立たないだけだろうと突っ込みたくなる。そういったわがままさに怪訝な顔をしてしまう日本人も日本人だが、女と見れば一斉にその姿を追いかけ、いつも命懸けでサッカーの試合を応援し、時には身の危険も感じるイタリア人気質<本能のおもむくまま>の方が俺は子供みたいで嫌だけどな。
 その辺、日本のファンの方が余暇や娯楽と割り切って観戦していて気楽でいいと思うのだが…。

 そして、ヒデの完璧主義という性格故の心底にある弱さが見て取れた。これは、ヒデに限った事ではないとは思うが、完璧主義者は得てして脆い。脆さが完璧主義を導くのだろうと感じられた。
 それがドラゴンの「俺たちはかっこいいから」という一言なんだろうと思う(この一言に悶絶した;笑)

 次に読んだのが「オウム帝国の正体」。結局徹夜してしまった。もう4年も前に出版された本であるが、オウムという教団が起した事件の背後に潜むオウムを食い物にした組織や国の存在を辿り、この国の抱える問題の本質がそこにあるように感じられる一冊。
 一般に理解されているようにオウムという集団は、宗教上の理由だけで事件を起したのではないという趣旨は、非常に好奇心がそそられる。
 最近はこういった表にでてこない闇の勢力がこの国にどういった影響を与え、どのくらい力をもっているかということに関心があるのだが、その気持ちをいっそう掻き立てられた。
 ただ、このような側面から日頃解決されない問題を考えてみると、非常にすんなり納得できることが多い。

 最後に櫻井よしこ氏の「権力の道化」。猪瀬氏の胡散臭さは十分理解していたが、その胡散臭さが民営化委員会でどのようになされていたかをきちんと説明しており、上記のオウムとの話とともにこの国の抱える問題が浮き彫りにされた気がする(あくまで個人的にですが…)。
 本書を読めば、改革とは名ばかりで、結局小泉首相も、石原大臣も改革なんぞ最初からする気がなかったんだろうなと思わせる行動をとっていたことが明らかになり、そこから汲み取られるこの道路が抱える利権の大きさを感じずにはいられない。
 ”死人が出る”といった道路公団総裁がいった一言こそが、それを物語っている。

 さて、これからイチローの記録達成の瞬間を観戦(笑)
 

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9.11

 二日間更新せずにすごしました。たまにはネットから離れるのもいいということで(笑)テレ朝では、なかなか興味深い9.11の番組を特集していました。最近の関心のあるテーマである、”この世を牛耳っている人たちの人間関係”という視点からもブッシュ家とラディン家、ブッシュとムーアの個人的な関係などが暴露され興味深いものもありました(いずれコーナーを設けていろいろ書きたいと思っています)。

 その前に、昼間からビールをファミレスで飲んで思ったことを、
”好奇心は止まらない”Article6.ピザは出来立てときたものだに書いてみました。酔っ払いの戯言です。

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